心の穴を埋めるために始めたライブチャット、やめられなかった話
今回紹介するのは、「心の穴を埋めたい人」というテーマで、若い男性がライブチャットにのめり込んでいった体験談です。
最初は新しい趣味のひとつとして始めたはずなのに、気づけば孤独感を紛らわすための手段になり、楽しいからではなく「不安を埋めるため」に続けてしまった人の話を紹介します。
何か始めたかったけど、何も見つからなかった
彼は20代前半の男性です。
就職して数年経っていたが、毎日の生活にはあまり変化がなく仕事は大きな問題もなくこなしていたけれど、特別得意もないと自覚していました。
学生時代から、勉強も運動も中の下くらいで、これといった自信を持てないまま大人になりました。
「頭がいいわけでもないし、運動も苦手だし、趣味もない。なんか自分って、空っぽだな」
そんなふうに思うことが多かったと、彼は話していました。
休日に何か始めようとしても続かない。筋トレをやろうとしても3日で終わる。ランニングも膝が痛くなってやめた。ゲームも映画も、最初は少し面白いのに、すぐ飽きる。何をしても「自分には向いていない」と感じてしまっていたらしいです。
そんな彼が、新しい趣味の一つとして軽い気持ちでライブチャットを利用しました。
「暇つぶしにちょうどいいかなと思っただけでした。趣味が何もないよりは、何か一つくらいあってもいいかなって」
その言葉は、妙に素直でした。
最初から性的な目的だけではなく、“自分にも何か楽しめるものがあるかもしれない”という期待があったのだと思われます。
最初はただの新しい趣味だった
最初の数回は、かなり新鮮だったらしいです。
サイトに入るまでの緊張感、プロフィールを眺める時間、実際につながった瞬間のドキドキ。どれも、これまでの生活にはなかった刺激だったからです。
「最初のころは、普通に面白かったんです。ちょっと高いけど、映画を観に行く代わりとか、飲み会の代わりと思えばいいかなって感じで」
彼はそう言っていました。
確かに、最初のうちは「新しい趣味が一つ増えた」くらいの感覚だったのでしょう。
「画面越しに話す相手がいて、自分の話を聞いてくれて、少し褒めてもらえる。それだけで、普段あまり感じない安心感がありました。」
「「仕事で失敗して落ち込んだ日も、誰かと会話しているうちに少し楽になり、土曜の夜に予定がないときも、「今日は少しだけ話してみようかな」と思える。」」
彼にとってライブチャットは、最初はその程度ですが新しい趣味だったのだと話の節々で感じました。
でも、気づくと孤独感を消すためだけに使っていた
変化があったのは、しばらく続けたあとにふと気づいたと違和感だったと言っていました。
「最近、楽しいから使ってるって感じじゃないんですよね。なんか、めちゃくちゃ寂しくなったときに、そこに逃げてるだけというか」
この感覚は、かなり重要です。
最初は“趣味”だったものが、いつの間にか“孤独を紛らわすための応急処置”に変わっていっていました。
たとえば、仕事で強く注意された日。週末に何も予定がなかった夜。
SNSを見ても、誰かの楽しそうな投稿ばかりが目に入って、自分だけが取り残されたように感じたとき。
そういうときに、彼は無意識にサイトを開いていました。
「別に楽しみたいというより、苦しい気持ちを一回止めたい、みたいな感じでした」
そうなってくると、利用している最中も心から楽しめられません。
会話している間は一時的に気が紛れるけれど、終わったあとにまた静かな部屋に戻ると、余計に空しさが増す。
しかも、その空しさを埋めるためにまた利用したくなる。
この流れが、少しずつ固定化していったそうです。
楽しいと思わなくなっても、やめられなかった
彼が特に苦しそうに話していたのは、「もう楽しいと思っていないのに、ずるずる続けてしまう」という点でした。
最初の頃は、ライブチャットでもコミュニケーション自体を純粋に楽しんでいたそうです。
でも、だんだん「今日は孤独感を消したいから使う」という目的が前に出てきて、純粋な楽しさは薄れていきました。
「本当は、前みたいにワクワクして使ってないんです。なのに、やめようと思ってもやめられない」
これは依存に近い状態として、とても分かりやすいです。
“好きだから続ける”のではなく、“やめると不安になるから続ける”に変わっているからです。
しかも、彼の場合は自己評価の低さも絡んでいたと思われます。
自分に自信がなく、人と比べてしまいできないことを気にして落ち込んでしまう…
仕事で少し褒められても「たまたま」と思ってしまうとも言っていました。
そんなときに、ライブチャットの相手から優しくされると、心が一瞬だけ楽になります。
「自分はここじゃなくてもいいんだって思える瞬間があるんです。でも、それが終わると、また何もない自分に戻るんですよね」
この言葉が、彼の本音をよく表していました。
ライブチャットは、自己評価の低さを一時的にごまかす場所にはなっても、根本的に自分を変えてくれるものではありません。
それを本人も分かっているからこそ、余計に苦しくなっていると感じました。
やめたいと思っているのに、現実では離れられない
一番つらいのは、本人も「このままじゃよくない」と理解していることです。
彼は、自分でもかなり冷静に状況を見ていました。
「このまま自己評価の低さを埋めるためだけに使い続けるのは、たぶんよくないって分かってるんです。でも、寂しくなると、結局そこに戻っちゃうんですよね」
分かっているのにやめられない状態は、かなり厄介です。
完全に快楽目的なら、割り切れておりある意味健全と言えます。
でも、彼の場合は「心の穴」を埋めるために使っていたので、利用をやめるとまた強い孤独感が戻ってきてしまいます。
その不安があるから、ライブチャットを手放せない状態となっています。
だからこそ、彼は今、少しずつ別の居場所を探そうとしています。
・本当に自分に合う趣味は何か。
・ライブチャット以外で、気持ちを落ち着けられるものはあるのか。
・人と比べずに続けられるものはあるのか。
そうした問いを持ち始めており、別の趣味や居場所を見つけようとしています。
まとめ:ライブチャットは「居場所」にはなっても、「解決」にはならない
この体験談から分かるのは、ライブチャットが悪いという話ではないということです。
ただ、自分の自己評価の低さや孤独感を埋めるための道具として使い始めると、気づかないうちに依存へ寄っていくことがあります。
最初は新しい趣味。次に孤独を紛らわす手段。
そのうち、楽しいからではなく、やめるのが不安だから続けるものになる。
そして最後に、「もうやめたいのにやめられない」という状態に近づいていく。
彼のように、
・自分に自信がない
・趣味が続かない
・孤独を感じやすい
・つい誰かの優しさに頼ってしまう
という人は、ライブチャットを始める前に少し立ち止まったほういいと思います。
それは、快楽の問題というより、心の穴を埋める手段として固定化してしまう危険があるからだ。
彼は今も、心の穴を埋める手段としてライブチャットを完全にはやめていません。
ただ、以前よりは「この使い方は危ない」と自覚していて、別の趣味や居場所を見つけようとしています。
後日談:ライブチャットの頻度を減らすために、外へ出てみた
少し長いですが、後日談を紹介します。
以前のように「孤独になったらすぐ開く」という使い方は、なるべくしないように意識したと言います。
きっかけのひとつになったのが、ビール工場見学だったそうです。
もともと趣味とまでは言えないけど、ビールが好きなので、「ライブチャットに大金を使いすぎるよりも、家を出て、外に出て、自分の記憶に残るものにお金を使った方がいい」と思ったそうです。
そんな感覚で休日に出かけた先が、ヱビスビールの工場見学でした。
普段は画面の中で完結していた時間が、電車に乗って、歩いて、現地に行って、実際に目で見て、説明を聞く時間に変わりました。
それだけでも、気分がかなり違ったらしいです。
工場見学では、ビールの製造工程を見たり、歴史を知ったり、香りの違いを感じたり…
「ただ飲むだけじゃなくて、作られる過程を知ると、同じ一杯でも見え方が変わる」といきいきと教えてくれました。
特に印象に残ったのは、見学のあとに飲んだ一杯だった。
「正直、びっくりしました。こんなにうまいのかって」
見学のあとのビールは、想像以上においしかったと言っていました。
工場の空気を吸って、製造の流れを見て、少し歩いて、体験の締めで提供していただいた一杯。
「ガイドさんからおいしく飲めるような注ぎ方を教えてもらい、実際にサーバーから注いでもらった一杯は格別でした。」
体験の締めくくりの満足感もあり、心に残る体験談だったそうです。
彼はライブチャットで一時的に埋めていたものの一部を、こういう体験で満たせることに気づいたそうです。